Князь-Игорь/イーゴリ公

『イーゴリ軍記』のイーゴリ公を肖像画風に描いてみました。


『イーゴリ軍記(Слово о полку Игореве)』は、史実を元にした中世ロシアの英雄叙事詩。
1185年、ノヴゴロドの公イーホル(イーゴリ)・スヴャトスラーヴィチが、遊牧民のポロヴェツ人コンチャーク汗軍討伐を試みて、遠征した物語。
愛妻ヤロスラーヴナの反対と、日食という不吉な兆候をも振り切って、イーゴリ公は軍を進めますが、結果は散々な負け戦。イーゴリ公は、息子や弟と共に、ポロヴェツ軍の虜囚となり、公は後に辛うじて逃げ還りました。

アレクサンドル・ボロディンの『イーゴリ遠征物語』は、この物語をモチーフにしたオペラです。
『ストレンジャー・イン・パラダイス(Stranger in Paradise)』という曲名としても知られている劇中歌『韃靼人の踊り』は有名ですね。メロディが美しくて大好きです。 韃靼人とはツングース系の遊牧民タタールのことで、タタールがロシア史上に現れたのは、イーゴリ公よりずっと後のモンゴルの遠征からなので、イーゴリ公の時代にポロヴェツ人は「タタール」と呼ばれてはいないでしょうから、『韃靼人の踊り』というタイトルは、ちょっと変なのですが、
原題は、ちゃんと『Половецкая пляска с хором(ポロヴェツ人の踊りと合唱)』です。


イーゴリ公は、絵画や映画にも描かれておりますが、麗しく精悍な貴公子の姿です。
実際、その遠征の時は、息子のウラジーミルも出征しているので、イーゴリ公はそれなりの年齢だったのではないかと思い、今回の絵では、円熟した年齢の姿を描いてみました。
顔のモデルは、以前描いた絵を通して知り合いになったИгорь Караев(イゴール・カラエフ)さんです。
カラエフさんは、総合格闘技に従事する方で、格闘家のヴォルク・ハンさんやエメリヤーネンコ・フョードルさんの盟友です。
カラエフさんの眼差しは、非常に魅力的なので、描いてみたいと思いました。
イーゴリ公とイゴールさんは、同じИгорьですが、なぜか日本語表記になると異なってしまいます。
実際のロシア語の発音では、「イグーリ」が近いかもしれません。

Mодели эта картина является г-н Игорь Караев.
Познакомился с ним через рисунок, который я нарисовала.
Г-н Караев это человек, связанных с ММА.
Он является другом г-н Волк Хан и г-н Федор Эмерияненко.
Князь Игорь, который изображен на картинах и фильмах, его внешний вид молодого принца.
В экспедиции князя Игоря также проводит кампанию сын Владимир.
Я пытался привлечь князя Игоря в возрасте настолько зрелым.
Г-н Игорь Караев выражение глаз так очень хорошая, я бы хотел рисовать.



私は、10代から20代前半にかけて、ロシアの古代や中世の物語やスラブの妖怪に興味を抱き、調べて楽しみました。
図書館で、『原初年代記』のルーシの時代について調べていたら、ルーシの元はヴァリャーグ(ヴァイキング)であると知って感激しました。
ロシアの人名のいくつかも、元は北欧人の名前♪
ロシア中世の王族の名も多くはヴァイキング由来♪
イーゴリはイングワール、ウラジミールはヴァルデマール、オレーグはヘルギ、フセヴォロドはハルティ、リューリクはフルーリクル、アスコルドはホスクルドゥル、オルガはヘルガ、 マルーサはマルムヘリド、エリシフはエリザベート、ログネドはラグンヘイド・・・ 嬉しくて、ノートに一杯書き写しました。

ヴァリャーグ剣士の3兄弟(末の弟は実は女の子)とスラブ妖怪達のふれあいや戦いの物語を考えて漫画にしてみたこともありました。
編集さんに見せたら、
「また、マイナーなものを・・・それよりさ、(当時流行始めていた)『北斗の拳』をパクッた漫画を描きませんか?そっちの方が売れるよ♪」
などと、即時却下されました(苦笑)



先日、久々に『ロシア中世物語集』を読み返してみました。
『バツのリャザン襲撃の物語』には、変わらず苦い笑いを浮かべてしまいます。
誇り高きルーシ(後の"ロシア"の原型になる民族文化圏)の諸公を完膚なきまでに叩き、その地を略奪した憎きモンゴルの部隊長バトゥ汗(アセではありません「汗=ハーン(王)」です)に対する憎悪が半端ではありません。
「神を知らぬバツ」「奸佞不徳なるバツ」「二枚舌で残忍なバツ」「呪われたバツ」「邪悪なるバツ」・・・バトゥ汗の名を記す度に、著者が憎悪を込めて、思いつく限りの呪わしい枕詞を冠しています。
本当に口惜しかったのでしょう。
この伝記を書いたのはロシア正教のお坊様なのです。
これほどドロドロドロドロの憎悪を抱いていては、聖職者であっても、彼は浮かばれなかった(宗教が違うので憚りありですが、成仏出来なかった)のではないかと危惧いたしております。


『ロシア中世物語集』の白眉は、この『イーゴリ軍記(Слово о полку Игореве)』の中の『ヤロスラーヴナの嘆き』の項であります。
中学生の頃、岩波文庫の『イーゴリ遠征物語』で読んで、魂をつかみ取られてしまいました。
瞬時に「プリミティブな物語の中にあって、これこそは奇跡的な白眉・・・」と心が叫びました。
今もってしても・・・


『Плач Ярославны』
『ヤロスラーヴナの嘆き』

「Ах! Плачу я, горько плачу я,
слёзы лью
да к милому на море шлю,
рано по утрам.
Я кукушкой перелётной
полечу к реке Дунаю,
окуну в реку Каялу
мой рукав бобровый.
Я омою князю раны,
на его кровавом теле.」

ドナウの岸べに漂い来るのは、あのヤロスラーヴナの声なのである。

「ああ!私は、私は慟哭する、涙する。
朝早く、私は、水辺に我が愛を送る。
私はカッコウ鳥となって、ドナウ河を飛んで行こう。
カヤーラの流れに海狸の袖を浸そう。
そして、愛しきイーゴリ公の血まみれのお体の傷口を、
その袖で、おぬぐいいたします。」
(私の意訳です。もっと良い訳は世に多くあります。そして続く数節も☆)


そして、お国は変わりますが、『四面楚歌』における、項羽の辞世の詩と愛妾虞美人の掛け合い。
「力拔山兮 氣蓋世
時不利兮 騅不逝
騅不逝兮 可奈何
虞兮虞兮 奈若何」
これに和して、虞美人
「漢兵己略地 四方楚歌声
大王意気尽 賤妾何聊生 」


これらを想うと自動的に落涙いたします。
「BWV147」や「Danny Boy」を聴いても。


まあ、単純頭なのでしょう。
でも感涙のツボがあって幸せです。
単純であっても、涙すると、不思議に救われる時もあります。


2012.11.15


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